2007年09月25日
聖徳太子
聖徳太子(しょうとくたいし、敏達天皇3年1月1日(574年2月7日) - 推古天皇30年2月22日(622年4月8日)(同29年2月5日説あり-『日本書紀』))は、飛鳥時代に活動したとされる人物に与えられた後世の呼称。日本書紀などに記された彼の事蹟はいずれも歴史学的な観点からは確証がなく、その存在さえ疑問がもたれている。詳細は後述。
父は用明天皇、母は欽明天皇の娘である穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)とされる。また、『上宮聖徳法王帝説』などでは子に山背大兄王らがいるという。
本名は厩戸(うまやと)で、厩戸の前で出産したことによるとの伝説があるが、生誕地の近辺に厩戸(うまやと)という地名があり、そこから名付けられたという説が有力である。別名、豊聡耳(とよさとみみ)、上宮王(かみつみやおう)とも呼ばれた。 『古事記』では上宮之厩戸豊聡耳命と表記される。 『日本書紀』では厩戸皇子のほかに豊耳聡聖徳、豊聡耳法大王、法主王と表記されている。聖徳太子は後世につけられた尊称であるため、現在、教科書では「厩戸王」と表記されている。聖徳太子に関しては謎が多く、聖徳太子は存在しなかったのではないかとする説がある。
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